文書1
(国土交通省宛)
2023年5月8日
国土交通省
住宅局 安心居住推進課
課長補佐 田 代 洋 介 様
住宅総合整備課 御中
新宿区北新宿2丁目
ノルド柏木 202号室
阿南 百合子
阿南 未里子
くまな
くまな
事件物件での居住の希望
昨年の1月13日に父と二人で伺いました際に、予約の無かったなかで親切かつ真剣にご対応くださり、ありがとうございます。そして、父の無裁判無判決投獄とその汚名により部屋を借りることができない状況を把握してくださいました最後に、何かあったらまた連絡をと仰っていましたことに希望を向け、下記第3の件で再度お話の機会を与えてくださいますよう、お願いいたします。
昨年の相談の翌月(2月)に新宿区の仮住まい(北新宿ノルド柏木202)の部屋へ越すことはできましたが、違憲投獄の一件で私たち父子三人の生活は九年が経過した今なお元へは戻らず、生活保護受給世帯状況も続き、部屋を見つけることができずにいます。また、4枚の公文書によって告訴状は不備のないものになっていますが、警察がその受理を拒んでいますゆえ、私たちの社会復帰自体が阻まれている状況であります。
さらに、本年2、3月の新宿警察の行為によって、状況は著しく悪化しています。
第1 父に関する件
実は、本年2月15日の朝に父阿南巌が一度亡くなりました。父は健康で持病もなく、前日の夜まで普段通りに仕事をし、食事も摂り、翌朝7時頃まで深く休みました。
カルト組織の実態や社会に対する悪影響を調べ上げ、それらが隠し持つ目標や狙いを暴いてきた父は、これまで何度か霊攻撃を受けたことがあり、日本での代表的攻撃方法の一つは藁人形を使ったものであります。そしてこの15日の朝、起床して間もなく父の様子が突然、またそのような霊攻撃を受けている非常に苦しそうな様子に変わりましたので、私たち娘も事態の深刻さを認識し、すぐにともに主イエス・キリストの御名によって祈り続けました。これまでの霊攻撃の際にも毎回、主の御助けをいただくことができ、後遺症もなく仕事に復帰することができましたので、心は一つでありました。そして、朝8時過ぎに峠を明らかに越えたことを確認することができ、父は実に苦しみから解放され、疲れた様子で少しいびきをかきながら40分程寝つづけました。その後、私長女百合子が額と首に蒸しタオルを二、三度当てたことにも反応して数回深く、深呼吸しました。
ですが、その直後、父は息をしなくなり、体温も徐々に下がり、間もなく、亡くなりました。
私たち父子三人は、教会組織とは無縁に、素朴に聖書の道を歩み、主イエス・キリストが復活でおられることを信じています。ヨハネ伝に書かれていますように、主は次のように仰せられました。「わたしはよみがえりであり、命である。」。また、実際に亡くなっていたラザロについては「ラザロは眠っている」と仰せられ、その後ラザロを実際によみがえらせたのであります。
2月15日の朝の出来事を受け、私たち姉妹はすぐに、「主が復活の力を日本国民に示されようとしている」と確信し、そのために父が一度亡くなることがご計画のうちであることを知りました。
このため、新宿警察に対し私たちは「土葬の形をとります」と言い、土葬を引き受けてくれる葬儀会社を探しました。その後、都内には土葬を引き受ける葬儀屋は存在しないことを告げられ、取るべき次の進みを主に尋ねました。その間、父に関する死体検案書が検案をしていない監察医によって作成交付されていることに気がつき、医師法第20条に反するその検案書に関する訂正や問題解決などを求め、新宿警察に対する要請文書を執筆送付するなど、連日、新宿警察署とのやりとりが続きましたが、3月10日の昼過ぎに、父の「まだ亡骸」を正式に引き取る旨を同署刑事課長代理の伊藤警部に伝え、同日の16時頃に新宿警察署に行きました。
その時、同署刑事課の担当刑事影山の助手刑事は、なんと、「お父さんの亡骸については新宿区役所に引き渡す手続きを始めました。この手続きはもう止めることができません。」と、唯一の遺族である私たち娘姉妹に対し言い放ったのであります。私たちの承諾を得ることも、私たちに連絡することも全くせずに、遺族の背後で、私たちの実父である阿南巌の亡骸を奪い去る手続きを開始したのであります。
その場で非常に驚いた私たち遺族姉妹は、その勝手な振舞いに固く反対であること、絶対に許可しないことを強調し、その重大な不正に強く抗議しましたが、新宿警察署の刑事課は私たち姉妹を約20人がかりで暴力的にエレベーターに押し込み、署から追い出しました。さらに、署員らは、帰る他なくなった私たちが警察署前の歩道を使うことをも体当たりで阻止し、我々は信号待ちをしていた自動車数台の隣を、つまり車道を歩かざるを得ず、怒り心頭に署を離れました。
まだ続きます。父の遺品であるドイツ語の新約聖書、父の氏名が刻印された一本のボールペン及び2023年の手帳のこの三点についても、我々が懸命にお願いしてもなお、新宿警察は本日まで、何一つ返却してくれないのです。
このように、我々遺族の背後で、かつ、遺族の反対を冷酷に押し切ってまで新宿警察は我々の実父阿南巌の亡骸を奪い去り、火葬に向けた手続きを開始し、その後も一切連絡をしないという、迫害に他ならない行為を続けています。さらに、影山刑事らが背後で「娘さんが引き取りを拒んでいる」等の誹謗中傷までをも広めていることが耳に入ったので、この重大な不正の一件について「終わっていない」と題する4月11日付文書を新宿警察署署長宛に内容証明郵便の形で送付しました。そして後日、国民が全てを読むことができるよう、父が院長を務めます教育機関「越励学院」(父子三人ともに無償)の公式ウェブサイト上で公開しました。
第2 都営住宅申請に関する窓口使用不可能問題、及び特例について
昨年、我々父子三人は都営住宅の入居を申し込みましたが、9月29日に落選の結果連絡を受けました。しかし、昨年2月に父子大人三人で入居した4畳半二間(ノルド柏木202)という実に狭い部屋には風を入れることもできないため、換気ができず酸素の欠如が頻発し、毎日その部屋での学院の仕事(新宿駅前路上講義の準備やA3両面の週刊誌場問の執筆等)、三食及び睡眠(ベットは一つのみ)等全てがその狭い環境で強いられていることは、もはや憲法第25条が保障する健康で文化的な最低限度の生活を大きく下回るものであり、体調を崩した際、特に夜も暑さが引かない夏の間は一層苦しく、かつ、居住の契約(8月に失効)延長はできないと言われていたため一刻も早く転居しなければならない、そしてこれ以上この非文化的な環境に耐えることはできないという思いから、及び、毎月募集で当選したとしても実際に入居することができるのが約6ヶ月先のことであることから、すぐに次の月募集に応募しようと思い、その日に東京都庁に行きました。この日が申込期間内であったので、期間内に都営住宅の申込用紙を配布する都庁の担当係の窓口に行きました。9月の月募集の締切まで残り数日という時でした。都営住宅の抽選を実施するのは東京都ではなく都営住宅募集業務を受託している東京都住宅供給公社(都営住宅募集センター)であり、申込締切期限もこの団体が定めています。そして定められた申込期間内に申請書を郵送又は直に提出すること(又はオンライン申込)が条件でありますので、最終日に申請書に記入して直接提出することも可能であるとの案内を電話で受けていた我々父子は案内通りに都庁で申請書を受け取ろうと2022年9月29日の午後に都庁の第二庁舎13階の「指導管理課」(うろ覚え)の窓口に行きました。
しかし、申込締切が数日先であったにもかかわらず、同担当窓口の職員は「申込書の配布を終了しました」と言い、説明も理論付けもできずに、我々に資料を渡すことをただ拒みました。これに対し父は「最終日にもインターネットで申込ができる中で、紙面配布を数日前に止めるのはおかしいです。我々はオンライン申込はできませんので、紙面で申込む権利があります。我々の権利を踏みにじらないでください。」と言い、申込書を求め続けました。ところが、同課の職員とその上司達は終始「無理です。こちらで配布締切期限を数日早めているので、もう終わりました。」とこの一点のみを主張しました。我々父子は「住宅供給公社の方で締切期限がまだ来ていないのに都庁の資料配布窓口で別の期限を設けるのは屁理屈だ。勝手な気まぐれだ。」と憤りました。2014年の違憲投獄事件により教育者兼牧師としての評判が悉く破壊され、慰謝料が支払われるどころか50件以上もの国賠訴訟が全て絞殺され、報道機関も全くの沈黙を続け、九州での生活再建と収入源も誹謗中傷によって破壊され、ついには生活保護という恥までをも受けざるを得ず、さらに公文書という固い証拠資料によって告訴状が不備の無いものとなっているにも拘わらず警視庁や東京地検特捜部がその受理を違法に拒み続けるため、社会復帰自体が不可能であるなかに、この卑劣な嫌がらせでありましたため、父も私百合子もともに「まだ申込期間内であること」、「申込む権利があること」を強調し続けました。黙して聞いていた同課の複数の男性職員は我々の訴えに筋が通っていることを確認しましたが、女性課長とその何人かの女職員は卑怯に警察に通報しました。そして、臨場した新宿警察はすぐに、かつ、無条件に都庁職員の側に立ち、制度の条件と理屈、そしてこちらの主張と権利を全て蹴り、我々が引き取るよう、迫りました。我々は大きな憤りをもって、窓口にとどまる警察を背に立ち去りました。
このように、都営住宅の申込に関して、都庁の窓口を経由して申請することはもはやできず、また、我々が住宅供給公社からの固い情報を持っていたことに驚いた職員が何度か同公社に電話していたので、一般的に申請した場合にすぐに横槍が入ることが目に見え、以来、一度も申し込んでいません。
なお、福島の震災被害者、及び、ウクライナからの人々が抽選を経ずに都営住宅に入居できるという特例の扱いを受けていることは、都庁の都営住宅の担当課課長代理からの直接の情報であります。
えつらい
第3 切なるお願い
我々姉妹も父同様に、日本国籍のみを有しています。そして、統一カルト組織のプリンスと呼ばれていた安倍晋三が父の活動を憎み2014年1月に父を根拠・裁判・判決無く千葉刑務所に投獄し、その際に父の文章の翻訳を手伝ったとの理由で私百合子までをも前科者に仕立て上げ、父子の社会復帰を多数の方法で妨害してきたゆえに父子三人ともに生活保護受給世帯となり、今なお事件の被害が様々な形で具体的に続いています。
そこに都営住宅申込に関する妨害行為、さらには新宿警察による迫害に他ならない不正を経験した我々遺族姉妹は、本文書をもって、田代様と貴省の安心居住推進課に切にお願いいたします。
本日から今月22日の間に入居者を募集する都営住宅(22日必着)の北青山一丁目の一室への入居を希望しています。私たちは幼い時に母を病で亡くし、父子家庭で育った日本人姉妹(30代、20代)であり、経験しています上記第1、2の内容は、特例を受けるに値する深刻重大なものであります。しかし、一般的な一部屋ではなく、数年の募集にも拘わらず誰も入居しない、誰も入ろうとしない事故物件への入居許可のためにお願いいたします。すなわち、入居者が室内で不詳の死をむかえたという「訳あり」の一室に入居する程度の権利はまだ残っていると考えています。43年間教育者兼スイス改革派の牧師(組織作りはしない)として日本国民の幸のために尽力した父のためにも、どうか、都営住宅のそのような一室である「申込地区番号00510/入居人数2人以上/2DK/6階/事故内容・不詳の死・約15日後発見」(令和5年5月「都営住宅入居者募集のご案内」該当ページ3枚を同封)への入居が可能になりますよう、お力をお貸しください。お願いいたします。
住宅総合整備課
最後に
現在の仮住まい(宿所提供施設・特定非営利活動法人新宿ホームレス支援機構のノルド柏木)の契約満了日は本年8月2日ですが、同施設に男の生活保護受給者のみが入居していること及びそれらの多くが夜間生活型であることに加え、2月16日の新宿ホームレス支援機構のノルド柏木の施設長の姿が何度も思い出されます。昨年、ノルド柏木の施設長小林(男)は、安倍晋三に対する我々父子の告訴状を読みたいと言っていました。我々としましては、どこの市区町村へ引越しても犯罪人名簿に父の氏名が記されることにより新しい近所や町で瞬く間にその汚名に伴う噂や誹謗中傷が広がることを何度も経験していますので、むしろ読んで真実を知ってほしいと思い、昨年の4月中旬に貴課に田代様宛にも送付しましたその告訴状の写し1部を彼に渡しました。しかし数日後、彼は一変しそれまでの多少の人間関係も壊れ、会話もしないまま約半年が経過しました中に2月15日の突然の出来事が起こりました。その翌日、新宿警察や消防隊員がその狭い部屋で父の亡骸や状況等を確認していたその数時間の間、床のマットレス上にまだ父の亡骸があり、私たち姉妹が遺族となり立て続けの質問に答えなければならないその状況の中で、施設長小林は入室し、我々に声をかけることなく終始「ざまみろ」と言わんばかりに腕を組んだ姿でその様子を監視していました(添付の写真)。
誠に突然の訃報、そして全てが一変し、かつ、起きている最中のその狭い生活空間に立つ、あの者の姿も、忘れ得ません。